大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(あ)1539号 判決 1956年9月11日

本籍 秋田県平賀郡彌沢木太田町以下不詳

住居 横浜市南区八幡町七二番地荻野音次郎方

無職 荻野キクエこと 佐藤キクエ

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人泉芳政の上告趣意第一点について。

論旨は原審において主張判断を経ていない事項の主張であるから適法な上告理由とならない。のみならず第一審が本件を併合罪とせず一罪として断処したことは正当であつて、所論のような違法はない。(昭和二五年(あ)第二五八九号同二六年九月六日第一小法廷決定参照)。

同第二点について。

児童福祉法六〇条三項の規定に従えば、同法三四条一項六号違反の罪につき、児童を使用する者は児童の年齢を過失によつて知らなかつた場合でも、これを知つていた場合と同様の法定刑を科せられる。論旨はこれを以て基本的人権の侵害であり、憲法一一条に違反する規定であると主張する。しかし児童に淫行をさせる犯罪の実状から観れば、右のように過失犯を故意犯同様に処罰することは、児童福祉の保障を徹底させるために必要なことと認められる。このように公共の福祉のため必要な場合に、故意犯と過失犯とに同様の法定刑を科することとしても、憲法違反とならないことは、当裁判所の判例(昭和二三年(れ)第七四三号同年一二月二七日大法廷判決、刑集二巻一四号一七一頁)。の趣旨に徴して明らかである、論旨は理由がない。

同第三点について。

論旨は事実誤認及びこれを前提とする法令違反の主張であつて適法な上告理由とならない。

同第四点について。

論旨は量刑不当の主張であつて上告適法の理由とならない。

また記録を精査しても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官全員一致の意見である。

(裁判官 島保 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己 裁判長裁判官 河村又介は病気のため署名押印することができない。裁判官 島保)

○昭和二九年(あ)第一五三九号

被告人 佐藤キクエ

弁護人泉芳政の上告趣意

右児童福祉法違反被告事件に付左の通り上告趣旨を述べる。

第一点 原判決には刑事訴訟法第四百十一条第一号に該当する事由があるから破棄さるべきである。即ち本件第一審の判決は「被告人は昭和廿七年八月廿五日頃より昭和廿八年二月十五日頃迄の間、十八才未満の児童であるT子(昭和十二年十月廿日生)を雇入れ処女であつた同女をして、右期間内横浜市南区八幡町七十一番地柏崎つる方に於て、不特定多数の外国人遊興客を相手に一回当り千五百円乃至二千円位の対価で売淫させ以て児童に淫行させたものである」との事実を認定し、被告人の右所為は児童福祉法第三十四条第一項第六号、第六十条第一項に該当するから、所定刑中懲役刑を選択し被告人を懲役弐月に処した。然し右判示事実によると被告人の所為は昭和廿七年八月廿五日から昭和廿八年二月十五日迄の間に於て不特定多数の遊客を相手に淫行させたのであるから被告人の犯行は複数に累行されたものであり、本件犯罪は児童をして淫行なさしめる毎に一罪が完成するものと考へるべきであるから、被告人の本件犯行は併合罪を構成するものといわねばならぬ。さすれば本件に於て懲役刑か選択されているのであるから、刑法第四十七条により右数個の淫行をなさしめる所為中其最も重き罪を定め此罪に付定めたる刑の長期に其半数を加へたるものを以て長期とし処断刑を定めるべきである。然るに第一審判決は漫然犯行のなされた時期を特定したのみで犯行そのものを特定せず唯不特定多数の外国人遊興客を相手に一回当り千五百円乃至二千円位の対価で売淫させと判示しどの犯行が最も重き罪なりやを特定せず又全然合併罪の加重をしないで処断したのは法律の適用を誤つたものであり、原判決は此の誤を看過しているから破棄さるべきものと思う。或は児童をして淫行をなさしめる犯罪は児童一人に付包括的な一罪が成立し各淫行毎に一罪が成立するのではないとの見解に立つているものと解せられるが児童の保護を目的として規定されたものであるから違法行為の回数毎に各一罪の成立を完了するものと解するを相当と思料する。

第二点 原判決には憲法の違反があり破棄さるべきである。

先ず憲法第三十一条には何人も法律の定める手続によらねばその生命若くは自由を奪われ又はその他の刑罰を科せられないとあり、刑罰を科せられるには手続に付、適法に定められた法律により且つ適法に定められた処罰法規によつて始めて適法な刑罰が科せられるので国会によつて制定された法規と雖もそれが実質的に違法な内容を包含し憲法第八十一条に照し、その法令が違憲なりとされる場合は之を適用して処罰した判決は憲法違反として破棄さるべきである。

そこで本件に於て被告人の所為は児童福祉法第三十四条第一項第六号、第六十条第一項に該当するものとして懲役弐月に処せられたが其の児童福祉法第六十条の処罰規定は刑法の大原則に反し故意犯と過失犯とを同価値の法定刑を以て処罰するという暴挙を敢てして居り他に類を見ざるのみならず刑罰法規の大原則に違反し、憲法違反として右規定の改廃を宣言せられんことを敢て求める。即ち同条第一項は同法第三十四条第一項第六号の規定に違反した者はこれを十年以下の懲役又は二千円以上三万円以下の罰金に処すると規定し、同条第三項において児童を使用するものは児童の年齢を知らないことを理由として、前二項の規定による処罰を免かれることができない。但し過失のないときは、この限りでないと規定した。児童の年齢不知の事実につき無過失の場合は処罰しないが然らざる限り故意と過失とを問わず等しく懲役十年以下又は罰金二千円以上三万円以下に処するというのである。児童を保護せんとすることの急なるあまり、之を雇う者の過失も看過せず厳罰に処すると威嚇し、其の注意を喚起し予防的効果をあげんとする意図は之を容れるに吝ではないが児童を児童と知りつつ、即ち十八歳未満の少年なりと認識しながら、之に淫行をなさしめた者と児童を児童と知らず、即ち十八歳未満の少年なりとの事実を知らず、否進んで十八歳以上の少年なりと認識して、之に淫行をなさしめた者とを一律に同一の法定刑をもつて臨むことは之を制定した国家の専意であり恣意であつてやがては国民の基本的人権を侵害するもので憲法第十一条にも違反する刑罰規定であり、速に憲法第八十一条に照し本判決を契機とし其の無効を宣言せられんことを希う次第であり、かかる違反の法令を適用して処断した原判決は破棄せらるべきものと考へる。

第三点 原判決には刑事訴訟法第四百十一条第三号該当の事由があり破棄さるべきものである。

本件につき其の犯罪構成要件を検討すると児童福祉法第三十四条第一項第六号は「児童に淫行をさせる行為」とあり、(1) 児童、即ち十八歳未満の少年であること、(2) 児童に淫行をさせること、(3) 淫行をさせた者、即ち犯人がその児童が児童であることを認識しているか又はその児童が児童であることを普通人の注意をもつてすれば認識し得たであろうに、その注意を欠いたため之を認識し得なかつたこと、換言すれば之を認識しなかつたことに付過失があることを必要とする。さて被告人の本件犯罪事実に付之をあてはめて考へて見ると、T子は、昭和十二年十月二十日生の児童でありそれが昭和廿七年八月廿五日より昭和廿八年二月十五日頃までの間横浜市南区八幡町七十一番地柏崎つる方で不特定多数の外国人遊興客を相手に一回当り千五百円乃至二千円の対価で淫行して居り、それは被告人が雇女である同女をして淫行をさせたものであると判示している。

而して第一審判決ではその児童たることの認識について被告人が之を知つていたとも又知らさるに付過失があつたとも判断していない。そこで第二審弁護人の控訴趣旨で被告人が児童であることを知つていたという証拠がないと詳細に論じ各証拠によると却つて被告人が此の点を認識していなかつた事実を認定し得られるとて、被告人に対する検察官作成の第一回供述書、第一審第一、二回公判調書の被告人の供述記載、T子に対する警察員作成第一回供述調書、同人に対する検察官作成の第一回供述調書中の各供述記載を挙げ被告人はT子が満十八才未満の児童であることを認識していなかつたことは明白であると論証した。之に対し原審判決はなるほど原判決挙示の証拠によつて被告人が原判示T子を同女が満十八才未満の児童であることを知つていたという事跡はうかがわれないかもしれないが児童の年令を知らないからとて児童福祉法第六十条第一項の規定による処罰を免れることのできないことは同条第三項に明記せられているところでありただ知らないことについて過失のない場合にのみ、これが処罰を免れるに過ぎないと判示し、進んで証拠を挙げて被告人に過失なしとは云へないと判示している。

故意犯の判示としては特に犯意を判文に明示することは通常しないで之をしなくとも犯意ありとの事実は判文自体から窺へるものであるから本件に於ても之が故意犯なら被告人はT子が児童であることを知りながらと書かなくとも第一審の判示をもつて充分故意犯の判示として間然するところがない。否寧ろ第一審の判文は故意犯の犯示である。その判示からは過失犯の判示と読みとることは到底出来ない。そこで原審弁護人は故意犯としては故意の証拠がないと指摘したわけであろう。原審は之に対し之をやや肯定しつつ過失犯も亦故意犯と同様に処罰されると判示したのであるが第一審判決の判示が過失犯の判示として甚だ不充分であることには顏をそむけて言及せず省みて他を言ふが如くに被告人に過失なしとは云へないという二、三の証拠を挙げて第一審判決を肯認したのであるが、果して然らば本件の過失犯につき如何なる注意義務違反があるのかという点について「被告人とT子とは従来一面識もなかつたものであり同女を被告人方に世話した斎藤文子も亦偶々乗車中同女と話し合つた程度の知合関係に過ぎないものであるからかかる婦女を雇入れるにあたつてはすくなくとも戸籍等についてその年令を確める等正確な調査をしなければならないのは当然であり」と注意義務の程度を事件に即して具体的に判示し「単に同女及び前記斎藤などから同女が満十八才であると告げられるや軽卒にもこれを信用して同女を雇入れ淫行をさせるが如きはどう考へても被告人に過失なしとは云へない」と被告人の注意義務違反の事実を断定している。本件に於て被告人が児童の年令調査につき戸籍等についてその年令を確める等の調査をしていないことは明かであるが原審判決も常に必ず戸籍等につき調査すべしというのではなく「かかる婦女を雇入れるにあたつては」と前提しその「かかる婦女」とは「従来一面識もないものであり同女を被告人方に世話した斎藤文子も亦偶々乗車中同女と話し合つた程度の知合関係に過ぎないもの」と、即ちかかる関係のうすい間柄というのであるが同女を被告人方に世話した斎藤文子が偶々乗車中T子と話し合つた程度の知合関係に過ぎないものなることはT子の供述調書中の記載(同人に対する司法警察員及検事の作成に係る各第一回供述調書)によつて認められないこともないがそのT子は遂に行方不明のまま公判廷に現れず同女をつれて来たといわれる斎藤文子も取調べられず右の事実を被告人が知つていたとの点については之を認め得る証拠は全然なく却つて被告人に対する司法警察員の作成した第一回供述調書中同人の供述記載として「此の子(通称M子、事実はT子)が来たのは昭和二十七年八月頃でありまして此の子は私の家に働いていた通称文子といふ子が千葉の田舎へ行つて帰りに連れて帰つたのであり家に来た時はタクシーで家迄連れて来たのであります」とあり、又被告人に対する検事の第一回供述調書中被告人の供述記載として「この子は私が予ねて知つている斎藤文子という二十才になる女が昨年の八月末頃に女の子を連れて来たからと云つて私の所へ連れて来ました」とありこれ等の供述から判断すると被告人は斎藤文子が同人の郷里千葉の田舎へ何かの用事で帰りその帰途郷里の知人の娘であるT子を伴つて帰つて来て被告人に対し使つてくれと云つておいて行つたものと考へられるのであり被告人が斎藤文子にT子の年令を確めた事はどこにも其の記載がないがいづれは其の道の人斎藤文子が児童淫行不可の点は承知していることであろうから同人のつれて来たT子が十八才未満とは被告人も考へなかつたであろう。のみならず検事調書によれば被告人はT子に年令、氏名、本籍を聞くと満十八才、M子、千葉県八日市場と申し別に移動証明書や戸籍謄本は持つてなかつたが「私もその子が身体も大きいし本人が十八才だというのを信用して調べずにそのまま使うことにしました」とあり要之原判決の云ふ如く被告人方に世話した斎藤文子も亦偶々乗車中同女と話合つた程度の知合関係に過ぎないものと被告人が知つていたのなら原判決の要求する「すくなくとも戸籍等についてその年令を確める等正確な調査をしなければならないのは当然である」かもしれないが斎藤文子が自分と同じ田舎からつれて来たよく知つている女だということになると自らその調査も異つてくるものといわねばならない。すると原判決はその前提とする事情からかかる調査義務を要請することはいいとしてもかかる前提とする事情を欠如する被告人に対して尚且かかる厳重な調査を要求するのは如何なものであろうか。要之原審は証拠に基かずして被告人に不利益な事実を認定しこれに基き注意義務を要請しその違反を云々したもので将に事実の誤認があり、しかも判決に影響を及ぼすべき重大なものであると思科する。

第四点 原判決には刑事訴訟法第四百十一条第二号該当の事由がある。

仮に本件犯行が有罪と仮定しても児童の年令認識の点に関する証拠がないのであるから過失犯として処罰せられることとなるべきであるが第一審判決は此の点に付その判文上本件が故意犯なりや過失犯なりやにつき明確を欠くが概ね故意犯として処断したものと判文記載上推測されるのである。児童福祉法第六十条第一号の規定が憲法違反の無効なるものなることは先に述べた通りであるが仮に之を有効としても処断上故意犯と過失犯とは区別して科刑せらるべく、過失犯は故意犯に比しはるかに軽減した刑を以て処断せらるべきは刑罰法規の一般大原則に照し明白な事である。然るに第一審判決は本件を故意犯として処断し懲役弐月に処したことが既に重大な事実の誤認であると共に故意犯として懲役弐月の実刑に処したものが過失犯なりとの認定を受けるに至つた場合には当然その刑について斟酌せらるべきことは当然でありその刑は変更されなければならぬ。

他面又之を実質的に観た揚合に此の種事案に対し実刑を以て臨むことは希有の事に属し、殊に被告人には前科はなく年令の点でT子にだまされて十八才と誤認したわけであり、このことはT子が相当なしたたかものであること、即ち当初からM子と偽名し年令を十八才と偽り又被告人方から逃走した後も転々として売淫稼業をなし居り遂には行方不明となつて捜査官憲も之を知り得ない様な状況であること、又T子が十八才以上であると信じたことに付ては単に同人が其旨述べたのみならず身体が大きいので本人が十八だというのを信用した(検事の被告人に対する供述調書)ものであり又其後T子が横須賀市汐入町二の四四菅谷政夫方外一ヶ所でも十八才で何人も疑はずに通用している事実に鑑みても被告人の此の点に関する過失は宥恕されて然るべきものと考へる。

要之第一審は故意犯として科刑したものを第二審判決は過失犯と認定しながら故意犯の科刑を容認していることは明に量刑不当であり破棄さるべきものである。

以上

別紙(第一審の児童福祉法違反被告事件の判決)

上訴有

本籍 秋田県平賀郡彌沢木太田町以下不詳

住居 横浜市南区八幡町七二番地荻野音次郎方

無職 荻野キクエ事 佐藤キクエ 大正十三年七月七日生

主文

被告人を懲役弐月に処する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

被告人は昭和二十七年八月二十五日頃より昭和二十八年二月十五日頃までの間十八歳未満の児童である本籍千葉県○○郡○○村百○十番地G三女M子事T子(昭和十二年十月二十日生)を雇入れ処女であつた同女をして右期間内横浜市南区八幡町七十一番地柏崎つる方に於て不特定多数の外国人遊興客を相手に一回当り千五百円乃至二千円位の対価で売淫させ以て児童に淫行させたものである。

証拠

一、T子の身元照会回答

一、検事及司法警察員の作成に係るT子の各第一回供述調書

一、司法警察員作成に係る柏崎つる及溝口きくの各第一回供述調書

一、司法警察員及検察事務官の作成に係る被告人の各第一回供述調書

一、T子の年令の点を除き被告人の当公廷に於ける供述

適用法条

被告人の判示所為は児童福祉法第三十四条第一項第六号第六十条第一項に該当するから所定刑中懲役刑を選択し其刑期範囲内で被告人を主文第一項の通り量刑処断し訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項により被告人に負担せしめる。

仍て主文の通り判決する。

(昭和二十八年十一月十九日 横浜家庭裁判所 判事 村上達)

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